16.
第七話 長期連載
「お兄ちゃん。今日行くとこって到着まで何分くらいかかる?」
「駅から駅までは35分ってとこだな。特急に追い抜きされる場合は40分弱だ。この時間は抜かれないはず」
「ふーん。そしたら一応トンプーかな」
「トンプー?」
見てみると美咲はケータイで麻雀アプリを開いていた。
「おまえ、麻雀できるのか?!」
「最近ハマってんの。イケメンのキャラも無課金で当たったし」
見てみると、人気ラノベ『駒と恋するアヤメさん』のヒーローキャラ『龍王ヒビキ』を美咲は使っていた。
「いやこれ、将棋小説のキャラだろ。麻雀アプリとコラボとかちょっとおかしくねーか」
「ま、いいんじゃない。カッコイイし。人気キャラなのよ」
たしかに、将棋好きに麻雀好きは多かったように思う、俺の行っていた高校は将棋部が強い事でちょっと有名で同じクラスにも将棋部の部員が何名かいたが、あいつらいつも麻雀の会話しかしてなかったからな。どちらも頭を使う対人ゲームだから共通するものがあるのだろうか。
「ちなみに私のはまだ成る前のヒビキだからね。飛車ヒビキだよ。さてはお兄ちゃん『駒恋』あんまり知らないでしょ」
「あっ、うん。三山アオの小説はけっこう読むんだけど、駒恋はほら…シリーズ長いだろ? だからまだ手を付けてないんだよな」
「甘い! お兄ちゃん、いいですか。長く続けてるシリーズものこそ面白い小説なの。それはその作者が『書くのをやめたくない!』と思うほどの作品ってことなんだから。面白い作品と一番別れたくないのは他ならぬ作者本人なのよ。だから長期連載ものは面白いのが多いの。それを読まないなんてもったいない!」
「なるほど。お前ずいぶんと書き手の気持ちに寄り添えるんだな。……もしかして、小説書いてるとか?」
「そそそんなわけないでしょー! あれは一部の天才しかできない仕事。私みたいな凡人には無理よ」
「(そそそ?)でも、お前小さい頃はよく日記とかつけてたじゃんか。やっぱり書き物が好きなんじゃないのか」
「日記と小説じゃ全然、全然全然違うわよ」
「そうか? 日記を元に脚色しちまえばそれはもうオリジナルの小説にならねえかな。そう簡単にはいかないか」
「そんな簡単なもんじゃないの!」
と、言いつつもこの時美咲は(それは名案かもしれない)と思ったという。
そう、やはり美咲は趣味で小説を書いていたのだ。ただ、納得いくものが書けずにずっと書いては消して書いては消してをしてばかりのアマチュア作家のデビュー前段階ではあるが。
完璧主義が災いして作品がちっともスタートしない作家はいる。
意識そのものは高いがその意識の高さゆえ、ちっとも作品が仕上がらない。美咲もそんなタイプだった。
『ロン!』
「あー、ヒビキが飛ばされたー」
「飛車だけにな」
「うっさいな。これ龍王ヒビキにするには七段まで上がらないといけないんだよねー」
「今は?」
「初段……」
「長い道のりになりそうだな」
「あっ、ばかにしてるー。最初は十級から始まったんだから、これでもけっこう頑張ったのよ!」
そうこうしてるうちに電車は駅に到着していた。
まだ昼メシには早かったので俺達はゆっくりと商店街を見て歩いてから『あやの食堂』に向かうことにした。
18.第九話 味のわからない回鍋肉 美咲は結局悩んだ末に油淋鶏定食を注文した。俺はというと「俺は回鍋肉(ホイコーロー)にしようかな。定食で、ご飯は大盛りね」「はーい。油淋鶏定食と回鍋肉定食ね油淋鶏定食の方はご飯大盛りにはしなくていいのかしら?」「あっ、私は大丈夫です」「そう、おかわりも無料ですから、足りないなと思ったら遠慮なくご注文下さいね」「はい、ありがとうございます」 回鍋肉は割と好きで、家でもたまに自分で作る。もちろん『素』を使ってだけど。それでも充分おいしく作れる。 素人が作っても美味しいんだ、腕の良い料理人が回鍋肉を作るとどんなのが出てくるのか、俺はそれが知りたかった。「あやのー。ハイボールちょうだいよ。あと、単品でタコワサも」「はいはい、あまり飲み過ぎないようにね。まだ昼間なんだからここで酔って寝られたら困るよ」「うーい♡ 心配ご無用。まだまだ大丈夫よぉ」「ならいいけど」────「はい、油淋鶏定食! お待たせしました」 油淋鶏定食はあやのさんの手によってテーブルに丁寧にそっと置かれた。けっこう重いだろうにあやのさんはその重さを感じさせることなく丁寧に安定させて運ぶ。その所作だけ見てもあやのさんのが一流の給仕であることが見てとれた。「わあ~。美味しそ〜! いただきます!」「どうぞ、召し上がれ」バリッ! ジュワ「おいっひ! ハフハフ、何これ、おいっひーーーー! え、わたひの想像してたのの5倍は美味しいのでふが!」「分かったから、ひとまず食ってから感想言え」「……ふう。おいしーーー! お姉さん、凄くおいしーです!」 口に含んでいた油淋鶏を飲み込むとあらためて美咲はその感動を口にした。わかる、わかるぞ妹よ。「ウフフ、お口に合ったようで嬉しいわ。っと、ヨシ! 回鍋肉も完成!」 あやのさんはそう言うと回鍋肉定食を俺の前にそっと置いた。まるで無重力かのように無音でスッと置くので(見た目より軽いのかな?)と思って、ためしに少し持ち上げてみた。(! 重い。これをスッと置くのはかなりの力が必要そうだが、あの細腕のどこにそんな筋肉があるのだろう) 仕事ぶりは一流の給仕であり一流のシェフでもある。 言葉遣いも丁寧で、顔立ちも美しく、スタイルは抜群。 その上、性格もいい。この人こそ完璧な女性だな。と俺は思った。しかし、「
17.第八話 美咲の勘違い 小さな商店街をぐるっと一通り回って本屋さんに寄ったりしてるうちにお昼ご飯の時間になってきた。「そろそろ行こうか。美咲もお腹すいてきたろ?」「うん、あっちこっち歩き回ってもう今日は充分運動したしね。(自分的には)」 この程度で充分の運動だと言ってしまうあたり俺の妹だなと思った。運動神経はいい方なのに美咲は本当に運動嫌いだ。「何食べる? 俺のオススメは唐揚げか油淋鶏だな」「まずはメニュー見てから決めるよ。でも、油淋鶏あるのいいな。私、油淋鶏は大好きなの知ってた?」「初耳だ」「でしょうね。だってつい最近初めて食べて好きになったばかりだから」 そういや油淋鶏なんて家で出たりはしないもんな。どこの家庭も唐揚げは出ても油淋鶏は出ないだろ? そんな話をしてると遠くにあやの食堂が見えてきた。「あ、あれだ。あのずっと先のカーブの手前にある店。あれが今日の目的地」「あの、右にあるのぼりが出てる店? 『あやの食堂』って書いてある?」「そうそう 美咲お前、目いいなあ」「両目とも2.0」「すげぇな」「お兄ちゃんはなんであんな遠くまで食べに行こうと思ったの?」「え、なんでだろうな。仕事でこの辺まで来てて、ここから暖簾とのぼりが見えたから? この辺ほかにメシ屋が見当たらないだろ。まあ、駅のほうに戻ればあるのはわかってたけど、せっかく知らない土地に来たなら駅前のチェーン店行くよりもここだけの個人店に入ってみたくてな。ま、だから要するにたまたまだよ」「ふうん。そんで、休日にまでわざわざ行くほど気に入ったんだ。良かったね、そんな店を発見できて」「そうだな」ガラガラガラ「こんにちは。今日は2人なんだ。テー
16.第七話 長期連載「お兄ちゃん。今日行くとこって到着まで何分くらいかかる?」「駅から駅までは35分ってとこだな。特急に追い抜きされる場合は40分弱だ。この時間は抜かれないはず」「ふーん。そしたら一応トンプーかな」「トンプー?」 見てみると美咲はケータイで麻雀アプリを開いていた。「おまえ、麻雀できるのか?!」「最近ハマってんの。イケメンのキャラも無課金で当たったし」 見てみると、人気ラノベ『駒と恋するアヤメさん』のヒーローキャラ『龍王ヒビキ』を美咲は使っていた。「いやこれ、将棋小説のキャラだろ。麻雀アプリとコラボとかちょっとおかしくねーか」「ま、いいんじゃない。カッコイイし。人気キャラなのよ」 たしかに、将棋好きに麻雀好きは多かったように思う、俺の行っていた高校は将棋部が強い事でちょっと有名で同じクラスにも将棋部の部員が何名かいたが、あいつらいつも麻雀の会話しかしてなかったからな。どちらも頭を使う対人ゲームだから共通するものがあるのだろうか。「ちなみに私のはまだ成る前のヒビキだからね。飛車ヒビキだよ。さてはお兄ちゃん『駒恋』あんまり知らないでしょ」「あっ、うん。三山アオの小説はけっこう読むんだけど、駒恋はほら…シリーズ長いだろ? だからまだ手を付けてないんだよな」「甘い! お兄ちゃん、いいですか。長く続けてるシリーズものこそ面白い小説なの。それはその作者が『書くのをやめたくない!』と思うほどの作品ってことなんだから。面白い作品と一番別れたくないのは他ならぬ作者本人なのよ。だから長期連載ものは面白いのが多いの。それを読まないなんてもったいない!」「なるほど。お前ずいぶんと書き手の気持ちに寄り添えるんだな。……もしかして、小説書いてるとか?」
15.第六話 妹との休日 カーテンの隙間から陽の光が差し込んで目が醒めた。いつもならそれでもまだ起きたりせずゆっくり休むのだが。しかし、今日は土曜日だ。(きっとみんな集まる)と思って俺は仕事でもないのに休日の午前中にわざわざ着替えていそいそと出かける準備をした。 行き先はもちろん『麻雀食堂』だ。 麻雀食堂は仕事の帰りに寄るにはちょうどいいが休みの日にわざわざ行くには離れてる。けど、もう行きたくて仕方ない。「あれー、お兄ちゃん今日仕事ないんじゃないの? 起きるの早いじゃん。どうしたの?」「うん……ちょっとな」 俺は母と妹と俺の3人で暮らしてる。親父はけっこう前に俺達を捨てて出ていった。理由なんか知らない。ただ、あの優しい母さんが怒ってたってことは覚えてる。つまりろくでもないんだろう。そんな男なんてもう顔も忘れたよ。 母さんはタクシードライバーで、家にいない時はしばらくいない。今日は家に妹と2人だ。「これお母さんが、お兄ちゃんも休みだから今日は久しぶりに2人でごはんでも行けばって置いてったお金」 俺が学生の頃は妹の美咲と2人で近くのメシ屋までごはんを食べに行ったり弁当をスーパーに買いにいったり、そういう日が多かった。でも今は俺はもう社会人だし妹だってバイトしてる。いつまでお昼ご飯代を置いていくつもりなのか。お金なら俺も稼いでいるし、そもそも美咲は冷蔵庫の食材で適当に料理できるというのに。「俺はいらないから美咲が持ってろ」「ラッキー! ねえ、お兄ちゃん。ごはんはどうするの?」「パンでも焼くよ」「それは朝ごはんでしょ。そうじゃなくてお昼ご飯。何食べる?」 昼代はいらないと言ったはずだが、妹は俺がお昼を一緒に食べるものだと思っているようである。
14.第伍話 安全牌を危険牌にする メタが行った高度なツモ切りリーチとはどんなものだったのだろうか。俺は初心者だから聞いても理解できないかもなと思いつつも2人の話を聞いてみた。メタ手牌二三三四四伍七八九③④11 状況は2索が場に4枚見え。このダマをしてる時に6索のポンが入りツモ切りリーチ。「これねー。一見全然関係ないじゃん? でもここはツモ切りリーチが効果的なのよね」「さすがに俺にはわかりません。なんでですか?」「例えばね、6索のポンが入ったならその外跨ぎにあたる78索は使いにくいから通りやすいし9は当たり牌を見逃してることになるからやはり切りやすいの」「ふんふん」 俺はなんとなく納得して頷いた。「しかも今回は2索が4枚見えてることにより索子が手前は3索までしか無い場になってる。ということは56索という内跨ぎも同様に切りやすくなったという事。3索も9索と同様で見逃しをしてることになるから切りやすい」「なるほど」「という変化をした瞬間にリーチをしたとしたら?」「?」 わからない。したらどうなるんだろう。「つまりね、345789索は6索ポンにより安全性が高い牌という状況変化があり安全牌候補になった。でもその状況変化があった瞬間にツモ切りリーチをかけたことによりその今の今安全性が高くなった牌たちを狙った手ではないかという疑いをかけなければならなくなったの」「あっ……」「つまりこのツモ切りリーチは6種もの安全牌候補を6種の危険牌候補にしてしまったということ。まあ厳密に言えば残り1枚の6索もだけど」「ヤバ……考えが深過ぎる!」 麻雀の深淵をひとつ知ったような、そのくらいの衝撃だった。どう読んでるかを読んだ上のさらに深く切り込む戦術。こんな、ツモ切りをするというだけの行為にそこまでの考えがあるだなんて。「まー、あとはね。なんとなーくそろそろツモりそうだしリーチとか。そっちがそうくるなら威嚇しとくべきかなー、とか」「そうそう、他にはソバテンになっちゃったから誤魔化すためにダマってたやつをそろそろリーチしよう。とかね」「つまり『ツモ切りリーチには様々なパターンがあるけどリーチする前巡にそのヒントがあるケースはかなり多い』と覚えておけば間違いない感じですか」「「そーーーー!! そーゆーことよ!」」「やっぱりあなた凄いわぁ」「麻雀の
13.第四話 覚悟の上なら痛くない「例えばさっきのはスジだったけど、こういうパターンもあるよ」 そう言ってマキさんはタコワサを咀嚼しながら牌を並べ始めた。俺もタコワサをつまんだ。大きめにカットしてあるタコが美味い。例三四②③④⑨⑨⑨23488「伍萬は当たり牌だ……」「形の上ではね。でもリーチしとかないと伍萬では役がない」「そうか、それでツモ切りリーチしとくと伍萬もアガリになるし高目の二萬も出やすいかも、ということか」「解説不要の理解力。気持ちいいくらい頭良いねキミ。お姉さん好きになっちゃいそ」「あ、私も!」「ちょっと……からかわれるのは慣れてないんで。それはやめてください、それよりもっと麻雀の勉強したいです」「ちえーー。ちょっと本気なのになー」 そう言う言葉と裏腹に顔は二人共いたずらっ子のそれだった。どう見てもからかってる。 まあ、いいか。嫌な気分にはならないし。それどころか、俺はこの時ちょっと幸せを感じていた。これは多分、人生で初めての『モテてる』という気分だ。からかわれてるとしても、全然いい。「あとはね、役があるけど見逃してるというパターンもあるのよ」「そうそう、安目だったりターゲットからじゃなかったりね」 「他には、巡目的にそろそろリーチしとくかなってのもあるわね」「もう待ってても仕方がないかって思える巡目になった、とかね」「具体的には?」と質問した。これだけでは少し分かりにくかったので。「具体的……そーね、あやの任せた」「うん、例えばね字牌のドラ単騎の七対子とかよ。7.8巡目を通過しても切ってこないようならそれはもう一生切る予定がないか持ってないかのどちらかだ